今川義元とは【どうする家康】わかりやすく1分で予備知識解説~経済・内政にも優れた駿河の戦国大名

今川義元

今川義元(いまがわ-よしもと)は戦国時代の武将で、駿河・遠江守護である今川氏親の子として1519年に生まれた。
母は中御門宣胤の娘・寿桂尼(じゅけいに)とされる。
2023年NHKの大河ドラマ「どうする家康」(主演:松本潤さん)では俳優の野村萬斎さんが今川義元の役として演じられる。

今川氏鎌倉幕府を滅ぼし室町幕府を起こした足利尊氏と同じ足利一族で、江戸時代に赤穂浪士(忠臣蔵)で有名な三河・吉良氏の分家となる。
三河・今川城から遠江・駿河の守護となって室町幕府の要職から追い出されて、領国経営に集中できたため応仁の乱となって勢力を伸ばせたと言える。
政治力・経済力にも能力を発揮した今川義元は、領内の検地を行い領内・家臣の実態把握を進め、最大で約2万の兵力を動員できる大名となっていた。
駿河から遠江、そして三河を狙うようになると、尾張の織田信秀とも度々合戦となっている。
その今川氏と織田氏に挟まれたのが三河・岡崎城の松平家で、徳川家康(竹千代・松平元康)は今川家に人質として出され、今川家の軍師でもある太原雪斎(たいげん-せっさい)のもと高度な教育を受けた。
今川義元は、松平信康を元服させると岡崎衆を今川勢に組み込んで、清洲城の織田氏、緒川城水野信元に当たらせた。
ただし、松平元康(竹千代)の身柄は、今川家の本拠地である駿河に置かれた状態で、松平氏の本拠である三河・岡崎城に入ったのは、墓参りや合戦での中継地点などの機会しかなったようだ。
また今川義元は、姪で関口親永の娘・瀬名(築山殿)を駿河にて元服した松平元康の正室とし、完全に今川義元が松平家を操ってたと言っても過言ではない。

そして1560年、今川義元は大軍を率いて尾張に侵攻し織田信長と「桶狭間の戦い」となった。
このとき、織田信長の軍勢は3000程度で、今川勢は1万8000程度だったようだ。(3万の大軍だったなどは誇張されていると考えられる)
今川義元が織田勢の急襲を受けて討たれた際に、松平元康(徳川家康)は尾張・大高城を守備した鵜殿長照を支援していた。
今川勢大敗の知らせを聞くと自刃しようとも考えたが、松平家の菩提寺である岡崎・大樹寺に入ると住職・登誉天室と相談して、三河・岡崎城を取り戻し、今川家の跡を継いだ今川氏真から離反したと言う事になる。

今川義元に関してはもっとく詳しい情報は下記にて。

今川義元「分かりやすく解説」領国経営に優れた優秀な戦国大名だった

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